イ・ルンゴ伝説


今から20年ほど前、バブルが崩壊したと言われていた時期である。川向いのキャナルシティプロジェクトが満を持したかのように着工した。当時の建築案件では恵比寿ガーデンプレイスと並んで日本最大の開発床面積と言われたものである。数年が経ち、プロジェクトの完成が近づいてくる頃、対岸の一角に、このイルンゴはオープンした。
春吉地区が、まだ暗く、人通りも少ない時期であったが、春吉橋から入ったすぐのホテルの前にこの店がオープンしたことで、春吉全体が元気になるきっかけとなった。業態は一階がピザ窯を擁したイタリアン、2階はバースペース。今もファサードにある煙突はその時の名残である。
川を挟んだ対岸には屋台が立ち並び、人が蠢く。単なる夜景というより、西日本一の歓楽街と云われる中州の有名屋台街に訪れる酔客、観光客の情景が目を誘う。特に2階カウンターからの眺めは格好のロケーションである。加えて春は桜、秋は名月という絶好の見せ場の時期もある。
このイルンゴに、キャナルシティプロジェクトの施設開発の総指揮を執ったTさんは、ほぼ毎日(この場所を)訪れ、完成が近づくキャナルシティを見に来られていたそうである。建築物の様相が徐々に顕現してくるにつれ、おそらく自らが企画構想された壮大なオブジェに強い確信とこれまでの18年間のストーリーに深い感慨をもって眺められていたに違いない。

 

《川の流れ伝説》
キャナルシティが完成後、まだ竣工式も済んでない時期、多忙を極めているTさんからUさんは食事に誘われてこの施設に来た。食事を交えた久しぶりの歓談後、お約束の2階に上がりカウンター窓側へ。
杯が進み、ややまったりとしたとき、突然Tさんが、
「U君、流れが変わったばい!」 Tさんの声で川面を見ると今まで満ち潮で上流に向かう流れが、先ほどよりもやや緩やかになったように感じられたが、
「いや、まだ満ちている感じですが。」
「よく見てごらん、川面は上流の方に流れているが、川底の方は逆に海側に流れを変えつつあるよ。」
「・・・・・。」
言われてみれば、一瞬で流れが変わることはない、とすれば流れの変わり目はどうなるのか考えた事も無かったが、確かに川面の方は勢いのまましばらく流れ続け、川底の方はそうなるのかもしれない、が、よくわからない。
Tさんが続けた
「この川の流れを見ていると、いつの間にか時が過ぎる。」
「・・・・・。」
返す言葉もない。Tさんはいつも事象についてこんなに心眼で見ておられるのかな?
いろんなことが見えると逆に大変だろうな、のほほんと生きていく方が楽かなとUさんは都合よくまとめてしまった。

杯を進めているうちに、酔いもいつもの佳境に入ってしまった。
ふと、川側を見やると、
「水」をテーマにしたキャナルシティの完成した姿が川面一杯に大きく映し出しされていた。
Uさんもそれから度々一人でイルンゴを訪れるようになった。しかし、Tさんがいうように、川を見つめ続けるが何とも・・・感じられるものは無い。
そもそもTさんとは感性と集中力の差で歴然としたものがある。そこで、つい
「アートの世界にいる方と凡庸な私との感受性の差かな。」
とまたしても独り言でまとめてしまう。 
ただ、川面を見つめ続けているうちに見えてきたのは、流れが止まる瞬間、映し出されているネオンや建物の姿が止まったようになるタイミングがあることだ。それまで揺れるようなせせらぎの中にあって、鏡面と化す瞬間である。
今日もUさんの心に映し出した川面にネオンの借景が一瞬静止し、やがて揺れるような光景に変わっていった。そう思えた瞬間、自分もTさんのレベルに近づいた、といつの間にか一人どや顔になっていた。

 

《洲伝説》
浚渫され、観光船が行き交うようになる前はところどころに大小の洲があった。海から近く、潮の干満で広くなったり狭くなったりで、干潮時の洲の上には釣り人や犬を連れて散歩する人もいて、コミュニケーションも垣間見られた。当然、いろいろな渡り鳥が飛来していた。
大潮の満潮ともなると、洲は一旦消滅するが、やがて水の流れが海側へと変わり、再び洲が出現してくる。洲もだんだん広く、大きくなり、川の流れも徐々に細くなると幾つかの水の流れに分岐していく。
その分岐し、浅く細くなった水の流れにあおさぎが待ち伏せ、上流から泳いできた逃げ場のなくなった魚をついばむ。格好の漁場だ。
ところが、慌ててあおさぎが羽ばたき、飛び去っていった。見ると下流の方から更に大きなサギが自らの縄張りと言わんばかりにやってきた。自然界の掟を見る思いだ。
これまでの人々の営みと川との関わりの歴史から、この川のほとりで様々なことがあったにちがいない。いろいろな方がこの川を臨み、行き交う光景が時空を超えて偲ばれる。
現在は、浚渫工事が済み、洲は全く消滅してしまい、光景は一変、生態系はすっかり変わってしまった。

 

《メゾン・ド・Ý伝説》
このイルンゴが一時期全く様相が変わったことがある。あの博多で初めてフレンチレストラン(ロイヤル花の木)のオープニングシェフとなったムッシュYさんのプロデュースによる運営がしばらく行われたことがあった。
煉瓦作りの特製ロティを設置してのTボーンステーキを始め、大胆かつ豪華な一流素材を使った料理を博多の食通自慢に振舞った。なかでも料理で有名なのは、かのマリリンモンローが日参したというオニオングラタンスープである。
レジェンドYさんは日仏交流にも貢献され、フレンチ料理やワインの普及に貢献されたということでフランス大使館より「シュバリエ(騎士)」の称号が贈られている。ご自分の店をもたれてから数十年、教え子は全国のホテル、レストランで活躍されている。

 

《復活イルンゴ》
Ýさんのメゾン・ド・Yの運営が終了し、再びイ・ルンゴが全面に登場した。もっともメゾン・ド・Yの運営の間も全く消滅していた訳ではない。まるで隠れキリシタンのように2階の一部で屋号のみ存在していたのである。
復活の呪文が語られ始めたのは、実はメゾンドヨシダになって暫くした頃、2階にある中年のカップルが来店された。旧イルンゴからヨシダへの改装は許しがたかったと見えて、 いきなり、
「オーナーを呼びなさい!」
と言われ、オーナーが出向くと
「この改装は何?せっかく東京から来たお客さんに、素晴らしいロケーションの店を紹介すると言って連れてきたのに!」
激しく叱咤され、事情を話すも納得してもらえず、そのまま帰ると言われたのでお詫びと丁重な対応をさせて頂いたが、どうしようもなかった。
このとき、オーナーはいつかまたイルンゴ復活の狼煙を上げようと密かに考えたそうである。
「あそこまで変えなくていいんじゃないか?」
という意見はそれまでも多数頂いていたが、このときはやはり堪えた。確かに長くイルンゴを愛してくれていた顧客の夢を一時期でも奪ったことは非常に遺憾である。いつか復活すべきとオーナーは痛感されたそうである。

 

《半端ない匠伝説》
このイ・ルンゴは過去20数年のうちに4回ほどの大規模改装が行われた。実はこのすべての改装にかかわったデザイナーがいる。このデザイナーは前2回はもはや逝去されているが、やはり伝説の店舗デザイナー江里好継氏のお手伝いをされ、今回はオーナーから直接発注を受けた。この匠のデザイナーは実は福岡の多数の有名物件に関わっている方であるが、不思議に一般的に知られた方ではない。この関わったデザイナーは、案件の作品を制作したとされている有名設計家やデザイナーのお手伝いをしているのだ。
オーナーはメゾン・ド・Yの改装のとき初めてムッシュÝからこの方の紹介を受けた。そのときの匠の工事のしぶりにオーナーは衝撃を受け、以降、オーナーの殆どの関連企業の工事に特命発注している。要はスケッチ力が半端ないほど上手い。しかもほぼスケッチ通りの仕上がりとなる。
また人脈も半端ない。今回の改装にもJR九州の「ななつ星」に採用された木下木芸の木下正人氏制作の「組子」を2階エグゼクティブルームのテーブルに、同じく青木耕生さんの「雪花ガラス」を2階ビップルームの照明に使用している。「組子」は楕円のテーブルに丸くカットされており、組子作りが如何に困難であったか作者から直接お聞きしたものである。テーブルは組子を強化ガラスで挟み、足は組子の明かりの影を落とすようにアクリルで作成されている。

雪花ガラスは軟質のガラスを硬質のガラスでサンドしており、熱膨張率、収縮率で中のガラスが亀裂し雪のような結晶になるそうで、運が良ければ飲んでいるときに亀裂音がするかもしれない??
また石もやはり、匠の石材作家米倉一成氏に依頼し、要所にオニキス、イラン大理石などの駆使したオブジェを制作して頂いた。
聞いただけで縁遠そうな各職人たちも匠のデザイナーの人脈で参加してもらった。多分匠同士でしか分からない信頼があってのものだ。本物志向の方であるから皆さん協力する。
自分の作品が矮小化されたり、不適切な目的で利用されることがみえみえな仕事は匠達にとって最も忌み嫌うものだと思う。